無意識の思い込みをなくしてセックスが良くなった夫婦の話 #73
最近愛知へ行く事が多く、先日は丸紅さんのイノベーション施設でお話の機会をいただきました。交流会で、一人の女性が「私の友人は、子どもが大きくなった後から『よくラブホテルに行くようになった』と言っていたよー」と声をかけてくれました。最近は人伝に、50代以降のスキンシップが増えたカップルのことを聞く事が多いです。
AARPが取材したカップルのエピソードでも、70代の女性がこんなことを話していました。
「夫が前立腺がんになってから、初めてお互いの『したいこと』『したくないこと』を、ちゃんと言い合えるようになった」
病気になる前は言えなかったことが、病気になってから言えたといいます(※1)。
相手と離れることになるかもしれないのを実感して初めて「愛してる」「ありがとう」を言える、そんなシーンをドラマで見た事がある…
「以前のようには戻れない」と気づいたとき、急にこだわりがなくなることってありますよね。
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今号のテーマは「『こうあるべき』が、親密さの天井を作っている?」です。
「性的な欲求は若い人のものだ」「パートナーには察してもらえるはずだ」「言わなくてもわかり合える関係が本物だ」「弱さを見せるのは情けない」これらはすべて、社会や文化がつくり上げたものです。そして多くの人が、それを疑うことなく、親密さの「正解」として内面化してきました。
問題は、その物語が正確かどうかではなく、その物語が「言ってはいけないこと」「感じてはいけないこと」「求めてはいけないこと」の輪郭を、あらかじめ決めてしまうことです。
バイアスは目に見えません。「これがあたりまえだ」と思っている間は、それがバイアスだとわかりません。でも、病気になったとき、年齢を重ねたとき、パートナーとのすれ違いが積み重なったときなど、何かのきっかけでそれが揺らいだとき「自分はこう思い込んでいのかもな」と気づきます。
今号取り上げる5本のニュースは、年齢・病気・家事・会話・テクノロジーと、それぞれまったく異なる文脈ではありますが、繋がっていくところは同じです。
「70歳を過ぎてからの性:タブーを捨てて変化を楽しむ」(HuffPost)
70代以降も性的な欲求を持ち、パートナーとの親密さを大切にしている人が多いにもかかわらず、「高齢者に性的欲求はない」という社会的バイアスがその実態を覆い隠してきた、と専門家は指摘します。「こんな年齢でそんなことを言うなんて」という空気が、当事者の口まで塞いでしまう。バイアスを外すことが、高齢期のセクシャルウェルネス満足度に直結するのではと示唆した記事です(※3)。
「闘病とパートナーシップ:前立腺がん後の親密さの再構築」(AARP)
性的機能を失ったとき、「男性としての価値がなくなった」と感じた夫が、妻との対話を避け続けました。しかし、弱さをパートナーと共有したカップルが、かえって関係を深めたという事例が複数報告されています。「挿入だけがセックス」という定義を無くしたことで、新しい親密さが生まれた。このニュースが見せてくれる逆説は、健康な人にも問いを投げかけています(※1)。
「家事の『納得感』と夫婦の幸福度:キャリア共有がもたらす余白」
家事の量よりも「分担への納得感」が夫婦の親密度に強く相関するという調査結果(※5)。大事なのは「どっちがどれだけやったか」ではなく、二人がその形に納得しているかどうかいう話で、性生活に関するカウンセリングをする中でも、問題のきっかけとして挙がりやすいテーマです。
「会話の少なさがセックスレスの引き金に:1,600人の本音」(SPUR)
1,614人の調査が示したのは、セルフプレジャーによる個人での充足が進む一方で、パートナーとの「不器用な対話」を避ける傾向が強まっているということです。「セックスレスは問題だ」という前提で読むのではなく、「私たちは親密さに何を求め、何を避けているのか」というバイアスの問いとして読める記事です(※2)。
「Tinder、AIで出会いアプリ業界を救えるか」(Axios)
AIが会話の橋渡しをすることで、対面コミュニケーションへの不安を緩和するという動向。「パートナーとは自然に出会うべき」「欲求は自然に湧くべき」というロマンチック・バイアスを崩す一つの方法として、AIを「自分が何を求めているかを可視化する鏡」として機能させる話があります(※4)。
今号で取り上げたいのは「対処法」ではなく前提の問い直しです。
自分は何を「こうあるべき」と信じていたのか。
そのバイアスは、どこから来たのか。
それを手放したとき、何が見えるのか。
解決策を押しつけるつもりはなく、「自分もこの思い込みを持っていたかもしれない」という瞬間が一度でもあればいいかと思っています。
バイアスは悪者ではありません。それは多くの場合、社会や文化が長年かけて積み上げてきた、ごく自然な認識の枠組みです。問題は持っていることではなく、気づかないまま、それに従い続けることです。
気づいた瞬間、選択肢が生まれます。「こうあるべき」を守り続けるか、それとも一度手放してみるか?その選択が、二人の間に生まれる親密さの質を、明らかではなくとも、静かに変えていきます。
何が、親密さに「天井」を作っているのか?バイアスの4つの顔
「そもそも(性的)欲求がなくなった」「相手が(恋人ではなく)家族にしか見えなくてもうそういう気分になれない」
こうした言葉で語られることの多い親密さの変化は、本当に「欲求の問題」なのでしょうか。
「欲求がない」「言えない」「できない」と感じているとき、それは欲求の消失ではなく、見えないバイアスが欲求の入り口を塞いでいるだけかもしれません。